
2010年の春。1人の少年がアルゼンチンで過ごした1ヶ月間をご紹介します。
彼の名前は石原 樹 君、大阪府出身。当時10歳5ヶ月で4年生から5年生に上がる春休み、サッカーが上手くなりたい一心で向かった先はアルゼンチン。
簡単に経緯をご説明いたしますと、今回の短期留学は、ボカ・ジャパン主催のアルゼンチン遠征(2010年の3月25日~4月5日)に参加した後、そのまま1人アルゼンチンに残り、アルゼンチンのコルドバにあるクラブに参加し、約1ヶ月間のサッカー留学を体験するというもの。
⇒ボカ・ジャパンのアルゼンチン遠征についてはコチラをご覧ください
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★留学生活のはじまり
樹選手の留学生活は、アルゼンチン遠征を共にした仲間との別れから始まりました。仲間が帰国する時、空港で見送る際には寂しさからか、思わず涙…
遠征では初めて会うメンバーとすぐに意気投合し、現地指導者による練習、現地クラブとの試合など密度の濃いメニューを一緒にこなしてきただけに、別れの寂しさ、そして1人アルゼンチンに残るという不安があったのかもしれません。
この辺は、本当にごく普通の10歳の少年です。
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★Racing de Cordobaに参加
遠征の仲間が帰国した翌日、樹選手はさっそくコルドバのクラブ『Racing de Cordoba(ラシン・デ・コルドバ)』の練習に参加しました。

地元選手たちは樹選手を大歓迎。大阪出身、遠征でもムードメーカーとなるなど明るさ(騒がしさ?)が持ち味の樹選手も、このテンションにはたじたじの様子。アップしながらも樹選手の興味津津のチームメートたち。なにやら話しかけられているようです(写真中)。
練習が始まれば言葉が分からずとも関係ありません。日本でのプレーと同じでガンガン仕掛ける姿勢をみせる樹選手(写真右)。ここで萎縮せず自分のプレーができるのは元々彼の長所。そして、1人アルゼンチンで挑戦しているという状況が、やるしかないという覚悟につながった部分もあったかもしれません。
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練習初日、最後のメニューとなったミニゲームのラストワンプレーで、樹選手がゴールを決めるとご覧の通りチームメートが駆け寄って祝福(写真左)。
宿舎へ帰る車内では、それまでの緊張が解けたのかグッスリの樹選手(写真右)。言葉も分からない初めての環境で、その疲労感は相当なものだったと思います。
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★留学生宿舎

ワールドイレブンジャパンの宿舎では、日本人留学生が共同生活をおくっています。練習時の送迎、食事や洗濯などは専属のスタッフが対応する他、経験豊富な日系人のコーディネーターが選手の相談相手になったり、クラブとのパイプ役になるなど、選手がサッカーに打ち込める環境を整えています。
⇒留学生宿舎についてはコチラの記事も参考にどうぞ
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★サッカー漬けの留学生活
宿舎では先輩留学生にかわいがられ、クラブの練習がない午前中には、ワールドイレブンジャパンが手配している育成指導者の元で個別トレーニングに励みました。
そして、徐々にチームにも馴染んできた樹選手。スペイン語が分からないために初めての練習メニューには理解に苦しむ様子もありましたが、そこは現地指導者が丁寧に動きを教えるなど、しっかりフォローしてくれていました。

紅白戦では自分からコーナーキックを蹴ったり(写真中)、積極的にドリブルで仕掛けシュートまで持っていくなど(写真右)、ワンプレーワンプレーに集中し、日々充実してサッカーに取り組んでいました。
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★アルゼンチンサッカー協会に選手登録

この日、アルゼンチンサッカー協会に選手登録の申請をしました。もしかしたら、コルドバ州の日本人登録選手としては最年少(?)だったかもしれません。この登録をすることで、公式戦への出場が可能になるのです。もちろん、チーム内の競争でポジションを獲らなければ試合には使ってもらえません。
この登録手続きには時間がかかるため、短期留学の場合には登録はせず研修生という形になりますが、今回は1ヶ月ちょっとの滞在期間があったことで、ぜひとも樹選手に公式戦を経験させたいと、特例として選手登録をしました。
ワールドイレブンジャパンでは帰国後に選手の権利をめぐるトラブルがおこらないよう、事前にクラブ側ともしっかり話をした上で手続きをしています
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★公式戦に出場
選手登録が受理された樹選手、早くもその週末に公式戦デビューのチャンスがきました。同じコルドバの『ラス・パルマス』とのアウェイゲームで、後半から3トップの右FWとして出場を果たしました。残念ながら試合には敗れてしまいましたが、彼にとって大きな1歩だったと思います。

リーグ戦はまさにプロのミニチュア版。スタジアムには観客やサポーターがいますし、試合終了後には選手たちはまるでプロ選手のように、頭の上で手を叩いて観客に挨拶をします(写真右)。
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プロ契約とは選手たちにとって絶対的な目標。そのためにはレギュラーとなって公式戦に出場し、そこで認められて、より上のカテゴリーへ、より大きなクラブへと活躍の場を広げていく必要があります。
試合に出るためには、まず紅白戦でアピールしてレギュラーを勝ち取らなくてはならず、そのためには日々の練習から高い意識を持って自分を高めていかなくてはなりません。もちろん、今回樹選手が参加している『ラシン・デ・コルドバ』も同様で、そういった環境の中で練習し、紅白戦でアピールし、公式戦出場を果たしたことは、間違いなく大きな経験として今後に活きてくるはず。
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★順応・経験・吸収

樹選手のキャラクターもでしょうか、写真でもグングンとチームに溶け込んでいる様子がお分かり頂けると思います。物怖じせず自分からどんどん仕掛ける姿勢は、サッカーも友達関係も一緒のようです(笑)
現地では“1人でサッカーをしにやってきた10歳の日本人の少年”に対し、とても優しく親切。チームメートやその親、指導者はもちろん、『ラシン・デ・コルドバ』の上のカテゴリーのスタッフにまで、まるでファミリーの一員のように暖かく接していただきました。

オフの日には、街へ買い物にいくことも。サッカーだけじゃなく、普段の生活の中で起こること、朝から夜までなんでもが貴重な経験。人間的にもどんどん大きくなってほしい。
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★伝説の試合
そして、後々まで語り継がれる伝説(?)となったこの試合。『ラシン・デ・コルドバ』の一員として出場した最後の公式戦で、樹選手はスタジアム中の観客を魅了することになります。

試合後半、右サイドで相手を背負いながらボールを受けると、すぐに反転して相手2人をかわしてそのままドリブルし、さらに3人、4人目も突破。詰めてきたGKと1対1の場面で角度が無いと判断するや、ゴール前でフリーのFWに折り返し、そのFWが難なくゴール!!!
その瞬間、スタジアム中が大歓声に包まれました。もちろんチームメートは樹選手の元へ。
試合終了の笛が鳴るとチームメートはユニフォームを脱いで裸になり、そのユニフォームを振り回しながら「イッツーキ!イッツーキ!」の大合唱。スタジアム中から再び大歓声を浴び、その中央には肩車された樹選手の姿がありました。この後、チームメートの親にサインをもとめられたそうですが、この時の感覚はきっと今でも彼の身体に残っているのではないかと思います。
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★帰国
約1ヶ月間お世話になった『ラシン・デ・コルドバ』での最後の練習後の風景。最後はコーチに記念品をもらい、チームメートとお別れの記念撮影。

樹選手が経験したサッカー留学。様々な事が一気に降りかかってきた、それくらい濃密であっという間に過ぎ去った1ヶ月間だったかもしれません。これから彼が歩むサッカー人生の中で、この経験をどう活かし、どのように成長していくのかはまだ分かりませんが、少なくとも成田空港に帰ってきた彼の表情や態度が、1ヶ月前に出発した時とは明らかに違うものだったという事は、ここでお伝えしたいと思います。
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お問い合わせについて
小学生⇒中学生、そして中学生⇒高校生と周囲の環境がガラッと変わる時には、様々な要因からその変化に馴染めず、最悪の場合にはサッカーから遠ざかってしまうケースもあるようです。それぞれのご家庭で、所属チームの指導者や先輩の話を聞きながら進路を決めるのに試行錯誤している、そんな話もよく伺います。
そういった状況からか、最近では中学2~3年生はもちろん、小学生のうちに経験させたい、というお問い合わせも多く頂いております。アルゼンチンに限らず海外への留学がベストな選択かどうかは、その選手の目的意識がはっきりしているかどうかが重要で、『誰でも行けばよい経験になります』とは言い切れません。
ワールドイレブンジャパンでは、実際にお会いして、もしくは遠方の場合にはお電話で、その選手の状況や目標などをお伺いし、ベストの選択ができるようお手伝いできればと考えております。決して留学が前提である必要はございません。留学も選択肢の1つとして迷っているという方も、ぜひお気軽にお問い合わせくださいませ。
お問い合わせ先⇒ワールドイレブンジャパン 担当 三浦
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★補足(実際の行程について)
アルゼンチンまでの行程は長く、直行便はありません。今回はデルタ航空を利用し、成田空港からアメリカのアトランタ経由でブエノスアイレスに入りました。時差の関係もあり、行きは日本を出発した翌日着、帰りはアルゼンチンを出発した翌々日着となります。(ブエノスアイレスからコルドバまでは約1.5時間のフライト)
樹選手の場合、行きは遠征に参加する他の選手(小学生4~6年生)やスタッフと一緒でしたが、帰国時は1人。アルゼンチン出国の際には現地スタッフが見送り、機内およびアトランタでの乗り継ぎは航空会社のサポートサービス(※)により、安全に成田空港で保護者に引き渡されました。
(※)サポートサービスでは予め申請した引き渡し人(出発時)⇒引受人(到着時)まで、航空会社の職員が責任を持って案内するものです